「君ほんとチェス弱いね?僕に勝てないんじゃ、シリウスやジェームズになんか到底及ばないよ?」
僕がそう言うと、は何でもないというふうに「いいんですー、別に。勝ちたくてチェスしてるわけじゃないんだから。」と言った。


休日の談話室には珍しく人影も見当たらない。
今日は久しぶりにとても綺麗に空が晴れたから、みんな外に出ているんだろう。曇天が続きがちなイギリスでは、たまの晴れには、みんな太陽の光に焦がれるように外に出る。


にチェスに誘われた時、丁度僕もジェームズたちと外に出ようとしていたところだった。彼女の方を断ろうと思ったのだけど、シリウスの「お前たまにはの相手してやれよ。」という言葉と、ジェームズの有無を言わさぬ笑顔に、寮に残ることにしたのだった。
確かに、満月も重なって、ここのところと話をしてなかったかもしれないな、と、僕は自分のホーンを進めながらぼんやりと考えた。




がチェスの試合に選んだ場所は、談話室から寮に上がるための階段の踊り場だった。そこにある一番大きな窓を開け放し、腰の高さほどの石造りの窓枠に、チェス盤と二人分のティーカップを乗せて、自分達も腰かけている。大きな窓枠が額縁のようで、まるで青空をバックにした一枚の絵画の中にいるような光景だった。
開け放した窓から、青い空の光と、生まれたばかりの雲の波が見えた。気持ちのいい風に乗って、外にいる生徒たちの笑い声が聞こえる。

は盤面を眺めてしばらく考えた後、指先を翻して、白いクイーンを進めた。春の陽の光に映える彼女の指先はクイーンに負けないくらいに綺麗な象牙色をしていて、唐突にその事実に気付いた僕は、柄にも無く少しうろたえてしまった。


は女の子なんだな。


そんなことを考えながらルークを進めて、がら空きだった彼女のルークをいただく。は「あーあ。」と声を上げながら、でも全然悔しそうには見えなかった。
「なんで勝つ気がないのにチェスなんかするのさ?」
「わかんないかな。」
僕の質問に、彼女は笑った。




外の喧騒がひときわ大きくなった。ジェームズたちがまたなにかいたずらでもしたんだろうか。
窓枠の一角に陽だまりと春の匂い。柔らかに包む風。ティーカップから立ち上る、二人分の紅茶の湯気。モノトーンのチェス盤に並べられた、駒が落とす影のコントラスト。
彼女はこういうものたちを、とても愛しているのだな、と僕は思った。そして、そんな彼女を僕はとても愛しているのだ、とも。


めげることなく白いホーンを進めてくる彼女に微笑みながら、僕は紅茶を一口飲んだ。それを見た彼女が、感心したように「何してても絵になるね。映画のなかに居るみたい。」と言ったので、僕は思わず笑ってしまった。彼女はほんとに面白い。




「絵の中より、映画の中より、もっと素敵なことがあるよ。」
僕は最後の一手をかけるため、黒いナイトを持ち上げた。
同時に、ゆっくり彼女の頬を引き寄せる。彼女は少し驚いた顔をして、それから困ったように笑った。何より素敵なことだと思う。僕にはこの子が居るってことが。


あたたかい陽だまりの中。みなもに浮かぶ泡のような光のつぶ。輝く雲と青い空。窓からの風が二人の髪を掬って。
盤上で僕のナイトがチェックメイトをかけると同時に、二人の影も重なった。










NOIR et BLANC
































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