城の日陰にある、苔生した石造りの噴水の縁に腰掛けて、が泣いている。




じっとりと湿った城のレンガ壁を、手のひらでたどるようにして、俺はそっと彼女の日陰に踏み込んだ。
もう春も盛りだというのに、そこは震えるほど肌寒く、地面で柔らかに腐った枝葉が、全てのものの末路を語っているようだった。さく、さく、と腐敗した土を踏みしめて、ゆっくりと彼女の方へ歩いていく。


俺が近づいても、はこちらを振り向いたりはしなかった。
彼女は泣いていた。
涙がはらはらと流れ落ちるとか、声も無くだとか、そんなキレイな泣き方じゃあない。
発作でも起きたみたいに途切れる呼吸、その合間に漏れる子供のような嗚咽、歯をくいしばって、目にいっぱい涙を溜めて。まるで心の底から自分の生命を搾り出すように、彼女は泣いていた。


今は壊れて水の出ない噴水の縁に、ゆっくりと腰を下ろす。は薄く目を開け、泣きすぎてかすれた声で一度「あぁ…」とため息を漏らすと、それからまたしゃくりあげるような息をしながら、腫れた瞼を硬く閉じた。




分からないことはたくさんある。
彼女が泣いている理由も、俺を頼ってくれなかったわけも、彼女の瞳が今何を見て、どんな悲しみを抱えているのかということも。
彼女は今必死に戦ってる。
引きちぎられそうな心を抱えて、震える自分の身体を抱えて、彼女を襲う悲しみの全てと今必死に戦っているのだ。これは彼女の強さだ。彼女の美徳だ。俺がを愛しているのはだからなんだ。彼女はいつだって生きている。


俺はの肩に手を置き、静かにこちらを向かせると、涙を流しすぎて腫れた目じりにキスをした。
彼女は一度目を見開いて、それからまた顔をくしゃくしゃにすると、ぼろぼろにかすれた声で俺の名前を呼んで、とうとう「うええぇぇん」と声をあげて泣き始めた。
の真っ赤な瞼の下から溢れるように涙がこぼれ、俺は彼女の目じりにキスを繰り返して、熱い涙を飲み干した。




分からないことはたくさんある。
どうやったって俺にはの悲しみはわからないだろうし、どんなに一緒に居たって所詮人は孤独で、行き場もなくて、でもそれでも構わない。
大切なのは、俺にはが居るということ。そしてが泣いてるときに、俺が彼女の傍にいてやれるということだ。
孤独な人間同士でいい。俺がの涙を飲み干して、悲しみも全部飲み干して、そうしてまた二人で笑えるようになろう。




「もう涙も出ないよ」と笑ってくれるまで、俺はいつまでだって、お前の瞳にキスをする。










涙も出ない
































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