夜は波。
深く青い波頭がゆっくりと岸に寄せるように、闇はやってくる。
全ての音が部屋の中から消えてしまっているのだが、ただプロシュートの柔らかなくちびるのあわいから漏れる、微かな寝息の音だけが、この部屋で唯一生きているものだった。


シーツの上で微かに触れた指先が思いのほか冷たかったので、手のひらを重ねてみると、温かみを求めているのだろうか、プロシュートは無意識に指を絡めてきた。
思わず、名前を…呼ぼうとした。
すんでのところで思いとどまったが。




解かれた金髪は、青い闇に染まっていた。
海の底にいるようで、それとも青い雲の上にいるようで、この部屋の中だけは、世間の地獄とは無関係な気がしていた。
ここにはプロシュートが居る。苦しい世界のことなど全て忘れたような、あどけない顔で。こうしている間だけは、俺たちは無罪でいられるだろう。時間だけがただ流れる時間。幸福という名前だったはずだ。もうずっと長いこと、俺たちが忘れていたもの。


プロシュートが少し寝返りをうって、見えたのどぶえがきれいだと思った。
繋がれたままの指を握り返してやると、眠る唇が声を漏らしたけれど、それは言葉になるにはまだ幼すぎた。
目尻に涙の痕。情事の最中のものなのか、夢の中のことがそうさせたのか分からなかったが、舐め取って全部なかったことにする。どうせ「泣いていた」と言ったって、こいつは認めたがらないだろうから。


命を殺してゆく世界の中で生きている。しかし、そうでなければ出会わなかっただろう。
明日を夢見るということ。名前を探すのも戸惑うような不確かな感情。
全て諦めて、忘れていたものだった。手に入れられるとは、思ってもみなかった。
簡単に名前も呼ぶのもはばかられるような、指先だけで満足できるような、そんな相手が自分の隣にいるなんて、考えてもみなかった。



眠るプロシュートの額に口付けると、片手で柔らかな金髪をくしゃりと撫でた。
今だけはこうしている。世界が美しかった頃のことを思い出している。
神からも運命からも愛されはしなかったが、それでも構わなかった。




瞼を閉じると、水底に沈むように、呼吸が遠くなる。夜が深くなる。
絡めたままの指先がとても温かだったので、これが愛であってほしいと思った。


(ボナノッテ、プロシュート。次の朝へ、再び目覚める時まで。)
















悪魔のベルフェゴール





















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