荒野に吹く風が、枯れ草を撫でる匂いがする。
そんなことを考えながら、プロシュートは荒涼とした大地に車を走らせていた。隣のシートに鋼を操る暗殺者、リゾット・ネエロを乗せて。




遠い北の大地でいつものように仕事を終え、プロシュートとリゾットの二人は、自動車を使ってネアポリスへと南下していた。白昼堂々獲物を始末し、予定よりずいぶんと早く仕事を終わらせた二人は、ゆっくりと西に傾こうとする陽に照らされながら、深々とシートにもたれかかっていた。
早く街へ戻って熱いシャワーを浴び、ワインの一本も開けたいと考えているプロシュートの運転は、自然と足早にネアポリスへの帰途をたどる。開け放した窓から吹き込む、乾いた風を受けながら、リゾットは傍目には殆ど分からないくらいに顔をしかめた。


「少し速過ぎやしないか。」
「あ?何がだよ。」
「制限速度よりかなりスピードを出してるだろ。」
「制限速度!おお神よ!人類の法どころか神の法にも逆らわんとするこの俺たちに、道路交通法を説くヤツがいると思うか?あぁ?」
「…本当に口が減らないなお前は。」
「そりゃあどーも。」


プロシュートはリゾットの言葉をたいして気にもせず笑っている。機嫌がいいようだった。だだっ広いまっすぐな道を、自分の好きなだけ飛ばしているからだろう。
こうなると、言っても聞かない。リゾットは諦めたように、はぁ、と一度息をつくと、ポケットを探って煙草を取り出した。だいぶ前に買ったものなので、箱がくしゃくしゃになってしまっている。


「吸うのか。」
「あぁ。」
「珍しいな。いつもは吸うな吸うなってうるせぇのに。ンなシケじゃなく新しいのやるよ。ほら。」
「…悪いな。」


プロシュートは片手でパチンとシガレットケースを開くと、それをリゾットに差し出す。リゾットは、整然と並べられたその列から一本失敬すると、火を点けて煙を深々と吸い込んだ。甘いアロマの味がする。そういえばプロシュートは葉巻のように甘い煙草が好きだった、と彼はぼんやり考えた。




「プロシュート。」
「あ?なん…ン!」


リゾットは運転中のプロシュートの襟元をつかんで、自分の方に引き寄せると、煙草の煙を吸い込んだまま、その唇にキスをした。突然のことにプロシュートのハンドルを切る手が乱れ、車体が大きく揺れたが、そんなことは露ほども気にしない。二人の唇のあわせめから、甘い煙と、それよりも甘いプロシュートの声が漏れ、たなびいては消えてゆく。
やっとのことでリゾットをひきはがすと、プロシュートは息も荒いままリゾットを睨みつけた。


「テメーいきなり何しやがるッ!危ねーだろうが!」
「俺には甘すぎた。」


リゾットはそう言って微かに笑うと、灰皿に一度灰を落として、再び煙草を唇に挟んだ。
その仕草があまりに流麗でサマになっていたので、プロシュートは一瞬息をのんだが、すぐに我に返ると、形のいい指先で、そのこめかみを押さえた。


「受動喫煙て言葉知ってるか?」
「お前が言えることじゃないな。それより街まであとどのくらいだ。」
「一時間ちょいかな。何かあるのか?」
「いや、待ち切れないだけだ。」


そう言ったリゾットの声がどこか楽しそうだったので、プロシュートはハンドルを握ったままフロントガラスを睨みつけた。心底不本意だが、顔が熱くなっているのも自覚してる。
待ちきれないって?何がだよ!


隣で笑いをこらえているらしいリゾットの手から煙草を奪い取ると、プロシュートはしかめ面のまま、甘い煙を肺いっぱいに吸い込んだ。
まったく何だってんだ、ちっとも運転に集中できやしねぇ!


「…後で覚えていろよ。」
「ああ、楽しみにしている。」


おお神よ!
リゾットの言葉を聞いて、プロシュートは半ば諦めたように、甘い煙を吐き出した。
死神よりも性質の悪いこの男は、どうやら今夜ベッドの中で、俺を殺す気でいるらしい。












der Rauch


荒 野 の 煙 


in der Heide





-Shuriさん、相互リンクありがとうございました^^ 青子
































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