「気に入りのカフェの窓からは、遠くサンタ・ルチアの港が見えた。部屋のベランダには、近所のばあさんにもらった花の鉢植えが幾つもある。増えすぎたんで、チームの溜まり場になってたリストランテにも持っていったくらいだ。夜になると家の近くで安っぽい花火が幾つも上がる、それから爆竹の音。悪ガキどもが毎晩火遊びしているのさ。」




そう語る彼の横顔は、まるで花のつぼみのほころぶように笑っていた。顎のラインに沿って切り揃えられた黒髪は、夜の闇よりも暗く重たく揺れている。
カウチに背をあずけてエスプレッソを飲む姿がなんだか新鮮で、そういえば、彼のこんな姿を見たことがなかった、と気が付いた。


「ジョルノ、お前、音楽とかは聞くのか?好きな歌手は?」
「特に…これといって。クイーンとか好きですけどね、割と。」
「ああ…『シアーハートアタック』は名盤だと思う。一曲目のギターがとても好きだった。」




既に陽は落ちきっていて、灯を点していない部屋の中は、薄墨を流したように仄暗かった。
明るい世界の話。
ブチャラティと、こんな風に『普通の』ことを喋っているなんて、とても奇妙だった。まるで僕たちが『普通の』人間になったような錯覚。自分の気に入りのものについて語るときの彼は、みずみずしい生気に溢れている。今とても、穏やかな気分だ。




僕たちが共にした時間はたった十日ばかりの短い期間だった。今まで経験したどんな十日よりも長く、鮮烈な十日間。沢山の人に出会い、また別れ、殺しあったり救いあったりしながら、僕たちが駆け抜けた、まるで野焼きの炎が枯れ草の上を滑って、全てを燃やし尽くすように。
失ったものがたくさんある。手に入れたものも。
彼と出来なかった話。聞けなかった言葉。数えればきりがない。薄暗い部屋のなかで、全部ぽろぽろとこぼれ落ちていってしまう。


「…僕はあんたのことを何にも知らなかった。」


僕たちが共にした時間は、あまりにも短すぎる。
そう言って僕はうなだれ、額に手を当てた。ブチャラティは空気だけで薄く笑うと、カウチを立って僕の方へゆっくりと歩いてきたようだった。




「…時折自分の身体から、幾本もの光る糸が、世界に向かって伸びているのを感じることがある。」


脈絡の無い彼の話は珍しかった。僕は耳を傾ける。子守唄のように、優しく穏やかな話。


「それは太かったり細かったり、時に誰かと激しく結びついたり、傷つけあったりしながら、たくさんの人たちと繋がっている。」


ベッドの端に座る僕の目の前に、ブチャラティがかがみ込んだのが分かった。見慣れた彼のスーツの柄。控えめなフレグランスの香り。彼の体温。彼の生命。今こんなにも鮮やかだというのに、その全てはもう二度と、元に戻ることは無い。




「お前と俺の光の糸は、あの十日間、激しく繋がっていた。鮮烈な熱を放ち、時に火花すら上げながら、俺たちの運命は強く結びついていた。ジョルノ、悲しむことはない。全てはこれで良かった。お前と、仲間と共に過ごしたあの十日間を、俺は誇りに思う。」


最後に彼の笑顔を見たかったけれど、僕は顔を上げることができなかった。
まだ、聞いていないことが沢山ある。僕が言っていない言葉も。僕はあんたと出会えてよかった。
本当に心から、そう思っているんです。
僕の目から涙が零れ落ちたとき、ブチャラティはまるでそれを隠すように、僕の頬にキスをした。
今まで触れたことのなかった彼の黒髪が、僕の横顔を掠めてフイと離れていったあと、とうとう僕は両手で顔を覆い隠して、嗚咽をあげて泣いた。


ブチャラティ、あんたと僕の光の糸は、きっとまだ繋がっています。それは一生消えることはない。別れも、きっとその瞬間、お互いを深めあってる。僕はあんたのことを忘れない。あんたの光の糸、鮮烈な生命の光は、これからもずっと僕の行く先を照らすだろう。




窓から夜がやってきて、僕はひとりきりになった。
冷たく青白い月光が、灯の落ちた部屋の影を、ただ明るく照らし出している。












光の





-ペチ子さん、相互リンクありがとうございました! 青子
































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