そもそも今年のヨーロッパを見舞った異常気象が原因だったのだ。
嵐など滅多に来ないはずの春先に、巨大な街路樹を根元からポッキリ折ってしまうほどの強風と、ヴェネチアの運河をそのまま掻っ攫ってきたような大水が一緒くたになってやってきたせいで、その日の俺たちの仕事はめちゃくちゃだった。
雨で街の交通機関は完全にストップし、主要道路も封鎖されてしまっていて、俺とメローネはそれぞれ別々に殺しの現場に向かうしかなくなった。暴風雨の中網の目のような路地をくぐり抜けて、やっとのことで目的の屋敷にたどり着いたと思ったら、ぬかるみに足を取られて足跡が残るわ、メローネは落ち合うはずの時間に来ていないわで散々だった。


それでも遅れてきたメローネと何とか合流し、大幅に予定の狂った計画を何とか遂行して後は逃げるだけだというときに、あろうことか相手のヒットマンチームに気取られて、今度は俺たちが追われる身になってしまった。まったくもって、「クソ喰らえ」!
何より最悪だったのは、逃げる途中でメローネのバイクが、雨と強風でスリップして横転してしまったことだった。
俺が気付かなければメローネは殺されていた、と思う。いや、完全に殺されていた。ハンズフリーにして繋いでいたメローネの携帯から、石と金属の擦れあうガガガッ!という音が響いて、それきり何も聞こえなくなったときはマジで肝を冷やした。別々に逃げていた所為で、メローネが今何処にいるのかも全く分からなかったし、何より暴風雨の所為で移動そのものが困難な状況だったのだ。




俺がその場所にたどり着いた時、メローネは引き倒されたバイクからいくらか離れた路上にぼんやりと座って、自分に向けられた碧く冷たい銃口を眺めていた。幾つもの銃が自分を取り囲むようにして火を噴く準備をしているというのに、メローネのやつはまるでくだらない映画でも見ているような目つきでそれを眺めていたのだ。その光景は俺をひどく不愉快な気分にさせた。横殴りに降りつける雨や視界を遮る暴風よりも癪に障った。
なんだってんだ、お前は。俺が雨の中必死こいて助けに来てやったというのに、なんだその目は。そんな「死」ということが何も分かっていないような目でお前は死んでゆくというのか。俺の助けを待っても居なかったというのか。お前は生きていたいとは思わないのか、自分に向けられる銃口を前に、死を理解することすらしようとしないのか。
何という怠慢!
俺はホワイトアルバムの装甲を身に纏ったまま横倒しになったバイクを飛び越え、メローネに向けられた銃を自分に引きつけると、氷の壁でメローネをかばいながら銃口を一つずつ凍らせていった。愚かにも凍った銃のトリガーを引いたヒットマンは、暴発した銃の餌食になって死に、その間に別のヒットマンが俺に発砲したが、路地に溜まった雨水を伝って一瞬のうちに氷漬けにした。


いきなり飛び出してきて乱闘を始めた俺を、メローネはぽかーんとしたバカ面で眺めていた。げんこつでも入りそうなくらいに大きく口を開け、豪雨の中を石畳に座り込んだままで、ぺたりと顔にはりついた前髪の間から俺を見ていた。
返り血がゴーグルにこびりついてひどく視界が悪かった。俺はメローネを背にかばいながら、銃弾を装甲で弾き返し、降ってくる雨を凍らせて串刺しにし、道路沿いに雨水を凍らせてやつらの退路を断った。一人たりとも逃がすわけにはいかねぇ。全員ここで始末する。


累々たる屍の中、俺はスタンドを解除して石畳の道に倒れこんだ。外傷はない。あってたまるかってんだ。ただ、ひどく消耗していた。当然だ、ほぼ半日の間、断続的にスタンド能力を使っていた上に、ヒットマンチームを相手にフルパワーで戦ったのだから。冷たい雨が頬を濡らして、体温がどんどん奪われていくのが分かった。立ち上がるのがひどくおっくうだった。だがこんなところでもたもたしちゃいられねぇ。死体を始末しなけりゃならない。アシがつかないよう、細切れにして運河に流すのだ。大水で運河の水量が増えているので、すぐに海まで流れていくだろう。血痕と硝煙はこの嵐が消してくれる。今日一日呪詛の言葉を吐きまくったこの嵐に、俺は初めて感謝した。


「おい。」


未だに放心状態でいるバカに俺は声をかけた。メローネはのろのろと首を傾げて俺の方を見ると、何か訊ねたいような、困惑しているような瞳を二三度瞬いた。
その瞳を見て俺はいよいよ頭にきた。本当に、俺が来るのがあと一瞬遅かったら、今頃お前は蜂の巣だったんだ。こいつは自分の「生き死に」というものがまるで分かっちゃいないのだ。
俺はメローネの髪の毛をひっつかんで、横っ面を張り飛ばすと、


「ふざけるな!」


と大声で叫んだ。
俺が殴りつけた所為で、メローネは石畳に頭を強く打ち付け、額から血を流していた。ついでに口の中も切ったようだった。俺の怒りはこんなことじゃもちろん治まらなかったが、しかし先に死体の後始末をしなければ、とメローネを無理やり立たせて、死体を運ぶのを手伝わせた。スタンド能力は温存しておかなければならないので、自力で運ぶしかない。そこらの路地裏からデカいビニール袋を見つけ出して、その中に死体を詰めて運んだ。


降りしきる豪雨の中を、俺とメローネは人間の入ったゴミ袋を担いで、バイクを押しながら歩いていた。薄いビニール越しに、俺が殺した男の腕や靴の先が、俺の背中を蹴飛ばして、早くしろ早くしろと急かす。生命の抜け落ちた人間の身体はひどく重く、三日前にアジトに送られてきた、同僚の変わり果てた姿を俺は思い出した。強い風が街路樹の大きな枝を折って道を塞いでいたので、そのたびに俺とメローネは路地を戻って遠回りしなければならなかった。もうすっかり夜も更けて、雨風はいっそうひどくなっていた。
ギリ、と強く唇を噛んだら、そこから血が滲んでゆくのが分かった。激しい雨と風で視界はほとんど利かなくて、俺はそれを理由にぎゅっと目を細めると、俺は涙を流してなどいないと自分に言い聞かせた。




やっとのことで運河にたどり着くと、俺はすぐに死体の詰まった袋を凍らせて、粉々に砕いたはしから運河に捨てた。メローネは少し離れた場所にバイクを停め、俺が死体の始末をしているのをただ眺めていたので、俺はヤツに噛み付きそうになるのをこらえて、


「テメーも手伝え。」


とそれだけ言った。
メローネは、寝てるんだか起きてるんだか分からないような表情でこちらに歩いてくると、砕いた氷の欠片を手に取った。元は人間の頭だった部分だ。メローネの抱えた男の頭は、末期の表情そのままに、目を見開いて宙を睨んでいた。メローネはその男の顔を見、それから運河を見て、また男の顔を見ると、ごくりと唾を飲み込んだ。 ヤツが何を思い出したのかは明白だった。
メローネは、縋るような瞳で俺を降り返った。さっきまでの幽霊のような表情ではない。ヤツの顔に貼り付いていたのは、恐怖と怯えだった。


「捨てろ。」


俺は、氷のような冷たい声でメローネにそう言った。メローネは今にも泣き出しそうな顔で俺を見上げ、手の中の氷塊を見て、震える声で


「できない。」


と呟いた。
その一言で俺はカッと頭に血がのぼって、メローネの腕を捻りつぶすように掴むと、渾身の力を込めて運河の方に引き摺り倒した。


「できねぇだと!?なめた事を言ってんじゃあねぇ、何様のつもりだてめぇは!アァ!?どうしてもできねぇってんなら、俺がこの場で死体ごと、お前を運河に突き落としてやる!」
「やめろギアッチョ、できない、おれは…!」


俺はメローネの髪を掴んで地面に引き倒すと、馬乗りになってヤツの頬をひっぱたいた。メローネはうぅ、と一度唸ると、涙の滲んだ眼でぎらりと俺を睨みつけ、次の瞬間俺の股間に本気で膝蹴りをくらわせてきやがった。思わず身体を二つに折る。こいつ、いきなり急所を狙うか。さっきまで泣きそうな顔でできないだのほざいていたくせによ。殺すぞ。
俺は本気でメローネを殺しにかかろうと、メローネの顔面をパンパン叩いた。真っ暗な闇と降りしきる豪雨の中を、二つのエメラルドの瞳をめがけて何度も何度も殴りつけた。メローネも、俺の腹に何度もボディーブローをぶち込んできた。振り上げられたメローネの拳がこめかみに当たって、眼鏡が割れて瞼を切った。


ふざけるな。
俺は思った。ふざけるんじゃあねぇ。これが人間のやることか。生きている人間のやることかよ。人を殺して袋に詰めて、何でこんな嵐の中を、歩かなくっちゃあならねぇんだ。濡れて重くなった服を貼り付けて、まともに動かねぇ身体を引き摺ってよォ、惨めな思いをしながら、人間をブツ切りにして運河に捨てなきゃならねぇんだ。
これが生きてるってことだと?そんなはずはない。


いつのまにか、俺たちは二人とも声をあげて泣きながら殴り合っていた。豪雨に体温を奪われ、激しい風でぼろぼろになりながら、目の前にいる相手に拳をブチ込んでいた。メローネの顔は二目と見られないほど腫れ上がり、口の端から真っ赤な血を流していて、俺はメローネに何度も胸を殴られた所為でアバラを何本かイッたらしく、呼吸も満足にできなくなっていた。
どうどうと流れる運河の奔流のように、俺たちは泣いていた。そうだ、俺たちは生きなければ。生きなければならない。死んだような瞳で生きていてはいけないんだ。地べたを這いずり回るような生活を、クソ以下の惨めな思いをしてきた俺たちの人生を殺そう。俺たちがこんな生き方しか出来ない世間を世界を殺してやろう。あんな殺され方をした、ソルベとジェラートが生きようとしていたように、俺たちは行かなきゃならない。繋がれた鎖を引き千切り、閉じ込められた檻を喰い破って、俺たちが本当に生きられる場所のために、戦わなければならないんだ、メローネ。


温かな血を流しながら、肋骨の痛みに唸りながら、お互いの身体にしがみつくようにして、二人して声をあげて泣いた。轟々と渦巻く嵐の中に響き渡る、それは自由を求める獣の咆哮だった。
















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