海沿いの大通りから少し奥まったところにある、観光客用の高級ホテル街。その一角、あるホテルの前に、バイクが一台、停まっている。人通りのある道であるにも関わらず、そのバイクはひっそりと…まるで影の中の影のように、存在すら感じさせず、通行人の視線をすりぬけている。 メローネはバイクに跨ったまま、ホテルの入り口と向かいの路地に時々視線を走らせていた。 待ち人はまだ来ない。もうずいぶんと長い時間待っているというのに。 メローネはバイクの上で一度大きく伸びをすると、ハンドルの上に腕を組み、体ごとだらりともたれかかった。 暇だ。実に暇だ。 ここで仕事放棄したとしても、咎める者などいないだろうというくらい長い時間待ちぼうけをくらったメローネが、そろそろ本当に帰ろうかと思い始めた頃だった。 少し辺りが暗くなったようで、だがそれは、その男が放つ、殺しの前の独特の雰囲気のせいだということをメローネは良く知っていた。 「悪ィ、少し遅れた。」 「少し、ね。別に俺は構わないけど、プロシュート、その冗談はあんまり上手くないぜ。」 メローネが振り向くと、いつの間に近づいたのか、すぐ傍にプロシュートが立っていた。 プロシュートはにやりと笑って、銜えていた煙草を指に持ち直すと、メローネの方へ身をかがめる。 ああ、絵になる。映画のワンシーンみてぇだ、と考えながら、メローネもバイクの上で片腕を広げてプロシュートを受け入れた。 笑いながら、両頬に一度ずつのキスは一瞬で終わってしまう。プロシュートがスッと離れた瞬間、微かに香った、ヴェルサーチのブルージーンズ。安物。 「あんたには、安い香水が似会うよ。」 「それは俺を馬鹿にしてんのか。」 「違うよ。あんたみたいな男が安物の香水振ってるってのがいいのさ。そそるじゃないか。」 「馬鹿にしてるんだと受け取っておくぜ。」 プロシュートは可笑しそうに笑いながら、「得物は」と訊ねる。メローネは肩をすくめて応える、「ホテルの12階さ。俺のベイビィ・フェイスが待ちくたびれているぜ」。プロシュートは煙草を再び唇に挟むと、軽く煙を吐き出した。 「よし、追跡ご苦労だったな。あとは任せて、俺が部屋までたどり着いたらお前はアジトに戻れ。」 「了解。」 バイクのハンドルにもたれて「バイバーイ」と手を振るメローネを、プロシュートは鼻で笑いながら、ホテルに向かって道を渡ろうとしたのだが、途中で何かに気付いたように、メローネの方へ引き返してきた。 「ン?どうしたんだ?」 「忘れてた。」 プロシュートは最後に一度大きく煙を吸い、半分ほどの長さになった煙草をメローネに渡して、それから両頬に一度ずつ、さよならのキスをした。滑らかな肌の感触。視界の端をかすめる金髪。 メローネは少し驚いて、それから笑ってキスを受けた。 ああ、あんたのこういうところが、俺はとても。 残ったブルージーンズの香り。プロシュートは「チャオ」と手を振るとあっという間に宵闇の迫る通りに消えてしまった。 「…あまい。」 メローネはプロシュートの煙草を銜えると、笑いながらハンドルに頬杖をついた。息をつくと唇のあわいから、ゆるりと煙が逃げていった。プロシュートはどういう風に煙草を吸っていたっけな。 少し目を伏せて、長い指、ああだめだ、よく覚えていないから、そうだな。 仕事が終わったら、今夜にでももう一度、二人で。 |