brilliant …どういうことだこれは。なぜこんなことになってる? ギアッチョは自宅のソファの上で頭を抱えていた。まだ朝の10時だというのに、太陽は既に高く昇っている。通りは忙しなく行きかう人々の喧騒で賑わい、絵に描いたような爽やかな朝だった。そう、つい10分前までは。 今日はギアッチョに仕事は入っていない。ついでに言うと大学の授業も休講だった。いつもより少しゆっくり起き、眠気の覚めない頭を掻いて、ミネラルウォーターを飲もうと冷蔵庫を開けたまではよかった。 『ピンポーン』 「…なんだ?」 ギアッチョはあからさまに嫌そうな顔をした。こんな朝っぱらから、自分のことを訪ねて来る人間など心当たりはない。郵便か何かか…?しかし自分に郵便物などを送ってよこす人物にも、彼は心当たりはなかった。 『ピンポーン』 またチャイムが鳴る。ギアッチョは一度舌を鳴らすと、ジーパンをひっかけながら玄関へと向かった。 「やあ、ヴォン・ジョルノ、ギアッチョ。」 「…んでテメーがここに居るんだ?」 用心しつつ覗き窓から見てみれば、何故かメローネがにこにこと笑いながら立っていた。無視を決め込んでもよかったのだが、相手もこっちが家にいることは分かってるだろう。仕方ねえ、とドアを開けたのである。 「家のシャワーが壊れちゃってさあ。ちょっと貸してくれ。」 そう言いながらずかずかと上がりこんでくる。 「コラァ!まだいいっつってねーだろが!勝手に入るんじゃあねえ!それ以前になんで俺んち知ってやがる!?」 「あ、シャワールームってここ?」 「聞け人の話を!!」 だいたい俺だってまだシャワー使ってねーんだからな。ギアッチョがそういうと、メローネはふり返って、じゃあ一緒に入る?と真顔で尋ねる。もちろん、からかっているのだ。それが分かっているだけに、ギアッチョはますます気に入らない。無言でメローネの脳天にガツンと拳を入れると、「グギャッ!」と蛙の潰れるような声がした。 「お前もう帰れ。」 「連れねえなぁ、今来たばかりだろ。大体シャワーもしないまま一日過ごすなんて…夕べも仕事だったってのにさ。」 「…寝てねーのか。」 「いや、昨日のうちに報告も終えて、家で寝てた。朝起きてシャワー浴びようと思ったら、冷水しか出なくてね。」 その言葉に、ギアッチョは渋々と言った感じで額に手をあてた。仕事の後にシャワーも浴びずに寝てしまうメローネの図太さにも呆れかえるが、遠隔操作のスタンドならそれも普通なのだろうか。ともかく、仕事の後は熱いシャワーを浴びて全て流してしまうのが一番だと、ギアッチョは良く知っていた。 「しかたねーから使わせてやるが、なんか変なことしやがったらぶっ殺す。俺の私物をギッても殺す。」 「あんた、それプロシュートに言わせるとギャング失格だぜ。」 メローネは笑いながら言うと、じゃーギアッチョの気が変わらないうちに、とさっさとバスルームに入ってしまった。…疲れた、とギアッチョは思った。たった数分の会話で、なぜこうも体力を(いや、精神力か?この場合)消耗するのか。というかなぜ俺んちなんだ?意味がわからねえ、こんな朝っぱらから。 ソファーに深く腰を下ろして、ミネラルウォーターのボトルをあおると、ギアッチョは深い深いため息をついた。 10数分後、シャワールームのドアが開く音に、ギアッチョは読んでいた雑誌から顔を上げた。 「ねーギアッチョ、タオルどこ?場所わかんないんだけど。」 「ってどわああぁぁ!!!てってめえ、素っ裸で出てくんじゃねぇ!つーか床!床水浸しになんだろが!!」 恥ずかしげもなく、一糸纏わぬ姿で歩いてきたメローネに、ギアッチョは鉄拳を一発見舞うと、メローネを急かしてシャワールームに戻らせた。 「せめて前くらい隠せっつーんだよこの馬鹿が!」 「だからタオルがねぇんだってよォ〜〜〜〜。聞こえなかったかぁ?」 腰に手をあてて覗き込んでくるメローネの顔面に向かって、ギアッチョは洗濯したてのバスタオルを放り投げる。その柔らかな肌触りにメローネは破顔すると、がしがしと頭を拭き始めた。 「大体よォ、見られて恥ずかしいよーなブツでもないしな。立派なもんだったろ?」 「テメーのそういうとこが理解できねーっつんだよー俺はよォ〜〜〜。」 ギアッチョは心底嫌そうな表情でメローネを睨むと、シャワールームのドアを閉めようと背を向けた。のだが。 「あ、ついでに下着と服も貸してくれ。」 「……。」 メローネをシャワー室からたたき出した後、ギアッチョ自身も手早くシャワーを浴びて、身支度を整える。アイスブルーの細身のパンツに、濃紺のシンプルなTシャツを合わせ、その上に、スカイブルーとコーラルリーフのアーガイル模様が入った、白いニットのランニングパーカを羽織る。ドライヤーできっちり髪を乾かしてから居間兼寝室に戻ると、メローネはギアッチョの出してやった服を着て、先ほどのギアッチョと同じようにソファで雑誌を読んでいた。身体のラインにぴったり沿ったフレイムオレンジのTシャツと、ローウエストの細身のジーパン。どちらももうギアッチョが着れなくなったものだったが、メローネには丁度いいようだった。 「へー、似合うじゃねーか。」 「まあ、俺ぐらいともなれば、何着たって様になるものなんだよ。このTシャツあんたのか?あんた赤は似合わねーぜ。」 「うるせーな、着てねーから貸したんだろ。もうサイズも合わねーしな。」 ギアッチョがわざとサイズのところを強調して言うと、メローネは少し顔をしかめた。スレンダーで似たような体格をしている二人だったが、背はギアッチョの方が高いのだ。メローネにはぴったりのサイズのTシャツでも、ギアッチョが着れば腹が見える。ジーパンも、ギアッチョにはもう短くなってしまったものだったが、メローネには丁度いい長さだった。その事実がなんとなくメローネの気を損ねた。 「…フン。そういや、あんたの貸してくれた下着、ボクサー?保守派なんだ、見た目通り?」 からかうようにメローネが言うと、今度はギアッチョがメローネを睨む。 「新品のがそれしかなかったんだよ!つーかテメー感謝しろよォ〜〜何から何まで恵んでやったんだからなあ〜〜〜〜ッ!?」 「はいはい、感謝してるよ。ちゃんと洗わず返すから。」 「いらねェッ!!つかフツー洗って返すもんだろーがよ!!」 ギアッチョのキレ方が面白かったらしいメローネは、声高に「ぎゃはははっ!!」と笑う。損ねていた機嫌も一気に直ったようで、眉間に皺をよせたまま眼鏡をかけているギアッチョに声をかける。 「なあ、ギアッチョ今日暇だろ?街に出ようぜ。天気もいいし。」 「天気のいい日に街を散歩する暗殺者なんて聞いたことねーぜ。」 「いいじゃねーか、人殺しにだって陽の光は必要だぜ?」 ディ・モールト べネ!決まり!とメローネはソファから立ち上がると、「ちょ、ちょっと待て!」と制止の声を上げるギアッチョを引っ張って玄関へと向かう。 いたずらっぽく笑うメローネの、蜂蜜色の髪が、窓から来る陽光を受けて細やかにきらめく。その光を吸い込むように居間のドアが閉まり、後には遠くギアッチョの怒鳴り声がしばらく響いていたが、それも玄関のドアが音高く閉まると共に聞こえなくなった。 |