夢なんじゃあないか、と何度も考える。
ギアッチョの指が俺の髪をゆっくりと梳いて、指の間から零れた髪が、ぱさりとシーツに広がる音が聞こえた。思わず吐息が漏れる。
視線で唇をねだると、ギアッチョは一度舌打ちをして、でもすぐに応えてくれた。少しかさかさしていて、でも温かな唇。怒ったみたいなキスなのに、なんでこんなに優しいのか不思議でたまらない。キスをしながら髪を梳いてくれる手が優しくて、やばいなぁ、と思った。




夜の経験は豊富な方だと思う。男でも女でも気にしない性質だったから、色んな「やり方」を経験した。
でもギアッチョはそのどれとも違っていると思う。ギアッチョの手は、俺の手を押さえつけてシーツに縫いとめるようなことはしない。今までは縛られたり四つんばいにさせられたりで、両手の自由なんてなかったから、今俺の腕はどうしていいかわからずに、所在無さげにシーツの上に伸ばされていた。


胸板をなぞるギアッチョの手のひらがくすぐったかったので、吐息と一緒に少し身をよじると、ギアッチョは俺を睨んでから、いきなり首筋に噛み付いてきた。頚動脈に薄く歯をたてながら、舌で首筋をなぞられてぞくりとする。
こいつ、こういうことも出来るんだ。初めて知った。
と、同時に何故だか少し哀しくなった。


「もっと虐めてくれよ。」
「…このド変態が。」
「とっくに知ってるだろ、そんなこと。」


そう言って少し笑ったら、急にギアッチョの瞳から表情がなくなって、フイ、と身体が離れていってしまった。あんまり突然だったので、少し驚く。
今までくっついていた二人のすきまに夜の風が滑り込んで、一度身震いする。俺はのろのろと身を起こすと、むこうを向いて胡坐をかいているギアッチョをぼんやりと眺めた。…ああ、こいつ案外イイ身体してんだよな。


「してくんねぇの?」
「…萎えた。」


そう言ってガシガシと頭を掻いているギアッチョが、俺と目を合わせようとしないので、俺も何となくうつむいて胡坐をかいた。空虚な夜の気配。何もかもからっぽの世界。
セックスなんてこんなもんだ、誰とやっても変わんねぇ。煙草はどこへやったっけ?
そう考えて、ベッドの脇のテーブルに手を伸ばしかけたとき、不意にギアッチョが呟いた言葉。




「…テメーは慣れてんだろーけどよ、野郎とすンのも。」


伸ばした腕が宙ぶらりんのまま、文字通り固まってしまった。
というか耳を疑った。え、今、ギアッチョ…。
俺が振り向いて口を開く前に、ギアッチョが「シャワー」とだけ呟いて立ち上がろうとしたので、俺は慌てて手を伸ばすと、ギアッチョの腕を掴んで、身体ごとベッドの上に引っ張り倒してしまった。けどそんなこと構ってられねぇ。ここで逃げられてたまるかよ!


「ッてーな、いきなり何すんだテメー!!」
「ギアッチョ!今なんて言った!?」
「うるせーな忘れろよ!放せこの手を!」
「放すかよ!」


そう叫ぶと、身体は勝手に動いていた。
ギアッチョの首に腕を回して正面から抱きつくと、勢いのついた俺たちの身体はそのままギアッチョの方へ倒れこんでしまった。ガンッ!と鈍い音がして、「ぐあ…ッ!」とギアッチョが唸ったので、多分ベッドの手すりでどこか打ったんだと思う。それでも俺はギアッチョを放さなかった。放すものかと思った。


「…放せ。」
「放さない。し、忘れない。」
「……あああクソッッ!!」
「ギアッチョ。」


唇が重なる直前に、まるで奇跡みたいに視線が合った。ギアッチョの目の中に俺が居る。俺が決して見ることの出来ない俺。淡いブルーに夜の影がゆっくりと重なって、その中で俺は目を閉じた。


俺だって全然慣れてなんかないんだ、ギアッチョの指が触れるたび、俺は死んでしまう。
優しい稲妻が俺の身体を裂くようにして、触れられた箇所から髪の毛の先まで貫いていくから、それだけで何も分からなくなっちまうんだ。こんな風に触れられるのは初めてなんだ。俺に両手の使い方を教えてくれたのは、ギアッチョ、アンタだけだし、俺はアンタにしかこの両手を使いたくない。


夢中で唇を重ねる俺をなだめるように、ギアッチョの指がまたゆっくりと俺の髪を梳き始めたので、涙が出そうになった。
このキスが終わったら……俺がどれだけギアッチョのことを考えているか、ギアッチョにしか聞こえないように、たっぷりと教えてやる。
優しく髪を解くこの指に、俺がどれだけ生かされているのかということを。




















<改訂版>らの世界





























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